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 別れた彼から連絡がきたのは、店長から魔の宣告をされた翌月だった。長く雨が続いている。季節の変わり目は雨が多いというけれど、台風も多いこの時期。憂鬱が人の心にも降り積もる、秋入梅(あきついり)。 「お疲れ」  電話に出ると、彼がそう口にした。  社会に出てから、「こんにちは」と「こんばんは」はないものになる。挨拶のように使われるその言葉が、白々しくてならなかった。なに(・・)に対する「お疲れ」なんだろう。だって彼は、少しだって私の現状を知らない。そのひとつも、私はこの1年話してこなかったのだ。 「ちょっと、話をしないか」  そんなことを言ってくるこの男の気が知れない、最初に浮かんだのはそんな思いだった。 「もう話すことなんてないじゃない」  電話越しでも分かるほどに、冷たい声で私は言った。息を飲むような彼の雰囲気で、私の言わんとするところを察したのが分かる。振ったのは向こうなのに。 「本当は、もっと甘えてほしかったし、弱いところを見せてほしかったんだ」  沈黙の後に、彼はそう言った。私たちはその時間だけがすべてみたいに1年ほどを一緒に過ごした。けれど、それは楽しさに近い幸福であって、安心のような幸福ではなかった。家や職場を忘れて、今を楽しむためだけの関係。会っているときにしか存在しないものにすがっている自分が、滑稽に映ったのはなにがきっかけだったんだろう。  ふと過るのは、裕樹のことだった。彼といるときだけは、たしかに安心する私がいた。 「慎吾とでは、安心も成長もできないって思っちゃったの」  信じられないというような彼の声が耳に届く。彼がなんの話がしたかったのか、皆目見当もつかなかった。もう終わったことだ。もしかしたら、始まってすらいなかったのかもしれない。愛情は分かり合うことでも求め合うものでもない。 「酷いと思わない?あんなに愛し合っていたはずだったのに」  自嘲するようにそう続けた。もう彼はなにも言わなかった。私も、今までありがとうとすら言わなかった。月曜の夜。ひんやりとした雨の気配が部屋中を満たしていた。
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