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「私、廃炉システム開発機構の岩城理事を知っているのよ。彼も科学者で、日本科学者会議で一度話したことがあるの」 2020年。民間企業ではメルトダウンした原子炉の廃炉は技術的にも経済的にも困難だと判断され、廃炉作業は新たに設置された廃炉システム開発機構の手に委ねられていた。 「おまけに国内の組織は縦割りだ。軍事技術を融通しようなんてことにはならないよ」 「使えそうな技術があるのに。……もったいないことね」 「経済性より組織の維持を優先する。それが国家や軍隊、政治団体という組織の本質さ。朱音のいる研究所だってそうさ」 「仲間のためになろうとしないなんて、人間は馬鹿ね」 「人間だけじゃない。アリや蜂といった虫だって同じだよ。群れを守るためなら仲間の犠牲はいとわない」 「クマムシは違うわ」 「そうだね。実にマイペースだ」 クマムシは朱音が遺伝子工学に携わっていた頃に研究していた小さな虫だ。環境の変化に対する耐性が高い。じっと耐え忍ぶ生物なのだ。マイペースなところが自分や朱音みたいだと思ったが、言葉にはしなかった。 「私、人や蜂よりクマムシの方が好きだわ」 「そうだと思った」 「あなたは?」 「僕は朱音が好きだ」 薄暗い天井に向かって告白した。
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