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「ありがとう。だったら、私の夢もかなえてほしいな」
ここぞとばかりに朱音は要求する。普通の女子なら甘える場面だが、コミュニケーション能力の低い朱音の言葉は契約書を読むようだった。
朱音の要求内容は、千坂の治療と入籍の件だ。2人は夫婦同然の暮らしをしているが、同棲しているのであって結婚はしていない。遺伝子異状によって早死にするかもしれないと思う千坂が、朱音の未来を案じて結婚の記録を残すまいとしてのことだが、朱音にすれば、その記録こそが愛の証として欲しいものだった。
「だからこそ、子供はいらないんだ。君の時間をこれ以上奪いたくない」
千坂は朱音が考えていたことと別のことを言ったが、それもまた愛の証だ。
「亮治さん、頑固すぎ」
朱音は、千坂の股間をギューッと握った。怒ってなどいない。断られる可能性が99%と想定していたから。
「そうさ。僕は朱音が好きだけど、同じくらい自分が大事なんだろうと思う。だから考えを曲げられない」
千坂は正直だ。時に正直な言葉は朱音を傷つけるが、だからこそ朱音は千坂を信じている。
「自分が大事なら、遺伝子治療を受けてよ」
「何度も言っているだろう。僕が大切にしているのは、思想を含めた今の僕自身であって、肉体ではないんだ」
「よく分からないわぁ。遺伝子治療を受けたからって、心まで変わってしまうとは思えないけど」
「遺伝子治療を受け入れることが、思想に反することなんだよ。僕は、生まれたままのこの身体でいたい」
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