最大多数の最大幸福

1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

最大多数の最大幸福

 僕の小学校時代、クラスでは日常的に事件が起こっていた。  いじめだ。閉鎖的な教室の中でいじめという事件が黙認され、実行され続けていた。  いじめられていたのは1人の女子生徒だった。  彼女は鶴見さんという名前で親からの虐待を受けており、毎日痣だらけで登校するような生徒で悪い意味で目立っていたと思う。  彼女のその弱りきった姿を見た誰かが追い打ちをかけるようにいじめを始めた。  そのいじめは拡散し、クラス全体で彼女をいじめるようになるまでに時間はかからなかった。  そんなある日、僕は彼女に対する罪悪感か、同情か放課後の教室で鶴見さんに話しかけた。 「鶴見さん、あの……大丈夫?」 「なにが?」 「いや、顔の怪我とか……辛かったら誰かに相談した方がいいんじゃ」 「……多数側のくせに」 「多数?」 「最大多数の最大幸福って知ってる?」 「……なにそれ?」 「多数側の幸福を実現するためなら、少数側の犠牲は仕方ないって考え方。まさにこのクラスの連中の事じゃない」  鶴見さんは軽蔑したような、それと同時に悲しそうな顔をしていた。 「私という共通の標的をいじめるためにこのクラスの連中は団結して、協力し合って……幸せそうじゃない。私1人の犠牲はこのクラスの幸福を実現するためには必要な犠牲なの。両親だって、普段は仲悪いくせに私を2人で叩いてる時だけは夫婦円満。だからもう諦めてるの、私はこういう役目」 「で、でもさ……鶴見さんだけがそんな役目……」 「あなただってその多数側で幸せを貪っているくせに、綺麗事を言わないで」  僕は何も言い返せなかった。紛れもなく僕も彼女を餌に幸せを得ていたからだ。  そして彼女は卒業式の少し前、両親の過度な虐待が原因で亡くなった。  それから20年後、同窓会で僕はこの鶴見さんとの会話の内容をクラスの皆に話した。  その話を知ってから、卒業式の日にはクラスで揃って鶴見さんの墓参りに行くようになった。  あれから20年、今でも鶴見さんのおかげでクラスの連中が集まる機会が設けられていると思うと、皮肉な話だ。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!