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呼び出しに応じて向かった宮殿で迎えたのは貴族たちおよそ数十人と、陛下、それから、勇者と呼ばれる少年だった。
俺より数歳若いであろう勇者は綺麗に磨かれている大理石の床をただただ見つめていた。
その様子から、勇者も俺と同じ様にここに連れてこられたことが不本意であることが察せられた。
きれいに磨かれた大理石の床も、美しい装飾が施された調度品も、煌めく金糸で彩られた美しい貴族たちの服も何もかも、これから魔王討伐へ向かう人間のためという建前なのだろうが、肝心の勇者様には何も響いていない様だった。
勇者というものは生まれつき備わっている資質だと魔術学校時代に聞いた記憶があった。
それが、授業であったかうさわ話の類であったかは思い出せないが恐らくそれは事実だったのだろう。
丹精な顔立ちをした勇者様は、死んだ魚の様な目をしていたがそれでもあふれ出るオーラは常人のものとはまるで違っていた。
同じ死んだような目と言われる俺とは、えらい違いだ。
持てるものを全て持っている様に見える勇者はうつろな目で陛下ではなく床をただぼーっと眺めている。空気の読めない自分ですら分かる異様な光景だった。
ただ、魔王軍は強大で勇者の資質があるといっても、事実上死にに行くようなものだ。まあ、生きる気力を失ったとしても納得できる。
それにその方が、俺としてもたった一人のパーティーメンバーとして話がしやすい。
官僚が読み上げる言葉はお決まりの文言ばかりで、勇者として魔王を倒して欲しいというものだ。協力は惜しまない(金は惜しむ)というのが文面にも表れていて思わず吹き出しそうになるが、その馬鹿げた内容にまだ国は切羽詰ってはいないのであろうことが分かる。
貴族の体面を保ちたいのと、国として一応の役割を果たしているというアリバイ作りのためだけに俺と勇者様は魔王退治の旅に出発させられるのだろう。
パーティーメンバーは当座は二人きり。やる気のなさはお墨付きだろう。
目の前では陛下が、玉座から立ち上がり、世界情勢を憂いている。耳の右から左へ聞き流しながら、これからどうするのか考え始めた。
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