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一瞬悩んでから、ナタリアの横に立つ。
「あんまり上手くないから、適当に聞き流せ」
そう前置きしてから口を開く。
それは歌の様なものだ。祝詞だと俺に教えてくれた先生は言っていた。
神代の祝いの言葉だと、現代のルールをすべて無視して対象に届く古のまじないだと教えられた。
酷い音痴の俺が歌うとかなり調子が外れているが、最低限の音階は守れているらしく術は発動している。
ナタリアの傷が癒えていく。
彼女の魔術回路を補強して安定させる。強化系の呪文の類と違うところは効果が永続する点だ。
幸い副作用は存在しない。しいて言うなら、気持ちの悪い男が気持ちの悪い歌を歌っているのを聞いてしまった精神的ショック位だろう。
「まるでわらべ歌みたいですね」
隣でナタリアが言う。
その表情は、穏やかで先程までの気負いは見えなかった。
「いや、一応呪文なんだけどね」
「それは分かってますよ。胸の奥のあたりが弓を引くたびに喪失感があって、またすぐにそれが埋まる感じがしていたのが落ち着いたので。」
ナタリアがまた弓を引く。今度はワイバーンの頭部に命中した。
そのままワイバーンは墜落していく。
多分、この喪失する感じが魔力だったんですね。ナタリアは言った。
すぐに元に戻るのは貴方がなんとかしてくれてるってことですよね。私の力じゃない。
ナタリアに言われ、肯定の言葉も否定の言葉も出てこなかった。
「大丈夫ですよ。これから絶対に強くなりますから」
ナタリアは自分に言い聞かせるように言う。
俺は何も答えず、再び歌い始めた。
まもなく、空にいたワイバーンの群れは撤退を始めた。
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