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「精霊ちゃん、あのさ」
「アタシ、精霊ちゃんなんて名前じゃないんだけど。」
「あ……、わるい」
「……ユナよ」
視線をそらしながら言われた名は、仮初のものだろう。魔術師にしろ妖精にしろフルネームを明かすことはまず無い。
「ユナ、初めまして俺はギイだ」
ふーん、とだけユナは答えた。
「勇者様のお名前は?」
可愛らしい声でユナが勇者に聞く。
「アルクだ」
勇者がユナにではなく俺に向かって名を名乗る。
そこで初めて、勇者とまともに挨拶をしていないことに気が付く。
「これから、まあ、よろしく」
雰囲気のいい挨拶というのはコミュニケーションの中でも特に苦手だ。特に苦手で無いものもかなり苦手なだけなので、基本すべてが駄目なのだがその中でも、まあ無理ってやつの一つだ。
けれど、勇者は相変わらず無表情で死んだ目のまま「よろしく」と返しただけだった。
* * *
城を出発したのは翌々日だった。
主に俺の魔力の回復が遅くまともに動けるようになったのがその日だったというだけだ。
国から支給された資金はごくわずかで、ああ、やはりやる気はないのだと確信する。どう適当に魔王を倒す準備をする振りをして、のらりくらりと時間を稼ごうか考える。
魔王軍との緊張は徐々に高まって、まあ数年以内に全面戦争になる。
それまでにどうやって時間を稼いで無駄死にしないかを取り合えず考えなければならない。
それに、俺の意見に勇者がのってくれるかは分からない。
まず、人目が無くこれからのことをゆっくりと話せる場所に行きたかった。
街道を国境に向かって3人で歩く。といっても、ユナはふわふわと浮いて付いてきているだけだ。兎に角このままあてもなく歩いても仕方がない。
「や、薬草摘みにいかないか?」
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