休暇

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 海に浮かぶ小さな島国。東西南北、四方を四神によって護られている『日ノ本』と呼ばれる其処は、さらに小さい様々な国に分かれていた。それらの中でも西方に位置する国の一つ、四神の一柱、白虎に守護されている『西蘭国(せいらんこく)』は、芸に秀でた者が多く住んでおり、多種多様な芸事を楽しみ、和やかに毎日を送る国であった。  そんな西蘭国で一番だと謳われる店、『演芸茶寮 艶珠(えんげいさりょう えんじゅ)』。其処に勤める芸者――千登勢(ちとせ)は、小窓にしな垂れ、眩しい程に輝く空を見ながら煙管を噴かしていた。天気と違い、その表情は憂いに満ちている。 「千登勢はまたそんな顔を……今日は仕事を忘れて羽を伸ばせる日なんだから、もうちっと嬉しそうにしたらどうだ」  後ろから掛けられた声。低音だが優しい響きを含んだそれを聞いても、千登勢の顔は晴れない。それどころか余計、顔に憂愁の影が差す。すっと視線を部屋へと戻した彼女は「ふぅ……」と煙を吐き出し、体ごと振り返った。 「嬉しくないから、笑っていないんだよ――綴」 「折角自由に外で遊べるんだぞ」 「遊ぶって言ったって……妾(わたし)は、周りの娘達みたいにはしゃぐ のは好きじゃないから」  言って、千登勢はまた空に視線を移す。艶珠では四季の変わり目に休暇を設けており、今日は冬から春へと移り変わる時の休暇日。四度しかない休暇日を楽しもうとしない彼女の姿に、綴(つづる)は短く息を吐いた。 「誰も騒げとは言っていないだろう」 「妾にとっては騒げって言われているようなものさ。そんな事より、ほら。髪を結っておくれよ。それが貴方の仕事でしょう」 「そうだが、そんな顔をしているお前の髪を結っても楽しくない」 「仕事放棄する気かい?」  綴の職業は髪結い屋だ。腕が良いと評判の彼の許を訪れる女は多い。そして、そんな有名な彼は、千登勢専属の髪結い師でもあった。 「仕事放棄? そんなものを俺がすると?」 「今してるじゃない」 「その顔をやめれば、今すぐにでも結ってやるって言っているだろう」 「全く……男の癖にしつこいね」 「しつこくなくちゃ、お前の専属なんざ務まらないからな」 「第一、そんな顔ってどんな顔さ」 「先に望みが持てないって顔だよ。何でもかんでも悲観的に考えて、悩んで」  綴の目が、千登勢の目を捉える。
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