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「マスター、すみません、ちょっと出てきますね」
「ああ、気をつけなよ」
話を一部始終聞いていた店主は余計なことを言わなかった。
先の二人は常連だったし、デイラが滅亡してからめっきり悪くなってしまった治安である。他人の厄介事に関わるお人良しは長生きできないもんだ。これから少年に起こる不幸も本人のための社会勉強のようなもの。こんなところで自分は大金を所持しているなんて言う奴の方が悪い。
「まあ、死にはせんだろ」
三人が出て行ったあとにボソっと呟いた。
「ベルガ姫、ウィットステーブルの海岸で殺されかけたんだって?」
「ええ、レドワルドお兄様、でもライラが守ってくれたんですよ」
「全く、娘のおてんばにも困ったものだよ」
「あなた、ベルガは人を助けようとしたんですよ、それをおてんばだなんて」
「いえ、お母様、従士と二人だけで海に行ったのは事実ですから」
夕食の会話は弾んだ。娘が殺されかけたというのに豪胆な父親である。
ケントを治め、その武力と名声でハンバー川以南のサウサンブリアに平和をもたらしたベルガの父、エゼルベルト王。フランク王カリベルトの娘にしてブリタニアへキリスト教をもたらしたベルガの母、ベルダ王妃。
そして、ケント国と海を挟んでいる穀倉地帯アングリアの貴族、レドワルド。レドワルドとベルダに血のつながりはないものの、年の近い幼馴染であり兄妹のような関係にある。
ケントはアングリア以外にも東サクソン国や西サクソン国までも服属させ、傀儡政権を立てるまでに至っている。
「で、その馬鹿者はどこに?」
「聖堂で面倒を見てもらっています、ですがお父様、彼はまだわたくしと同じくらいの男の子なんですよ、酷いことはなさらないで下さい」
「しかし、お前を殺そうとしたんだろ」
「おそらく錯乱していたのでしょう、悪気はないのです、まだ確証はありませんがきっとノーサンブリアの戦乱から命からがら逃げてきたのでしょう」
「ほう、どうしてそんなことが分かるんだね」
「彼がわたくしを襲ったダガーにエドウィンと刻印がありましたから」
「・・・・」
ベルガ以外の三人は黙って顔を見合わせた。気まずい雰囲気。ベルガはどうしてそんなことになったのか分からなかった。
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