終章

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 大広間に、ぽつねんと一人で座り込む藤原道長。呆けたように虚ろな目だ。 つい先ほど、何かを侍従から知らせを受けた途端、血相を変えて部屋を飛び出した 帝。程なくして戻って来た彼は、いつもの冷静さを取り戻していた。だがその瞳には、 溢れる情熱の炎に満ち、有無を言わせずにねじ伏せる程の力を秘めていた。 「道長、今まで世話になったな。これからはまた八条天皇と共に表歴史を創ってくれ。 吾は今より退位する。兼ねてより約束してある通り、吾と吾に関わりのある全ての一族 に上皇並みの待遇を。そしてその後の追及は避ける事。いいな」  と懐より文を取り出し、道長に掲げて見せる。それは確かに、道長の直筆。 愕然としている道長を尻目に、部屋を辞する玄武。去り際、冠を脱ぎ道長に 手渡した。無意識に受け取り、ただただ呆然と佇む道長……。  宮中に残っているのは、道長と彼の側近八名ほど。主が呆けているのを見兼ねて、 指示を仰ぎに行くと、八条天皇に戻って来るように伝える事、芦屋道満に表歴史 の相談をしたい事を告げるように伝えた。その目は虚ろのままだ。  後日知った事だが、宮中の女房達も宮仕えの貴公子達と夫婦になり、皆、 去って行った。 三人の貴公子と菖蒲女御、梅花女御、躑躅更衣、楓更衣は侍従、乳母達と共に 玄武について行ったらしい。  まさに、潮が引くように裏歴史に関わった者達は去っていった。綺麗に跡形も無く。 ……キョ、キョ、キョ、キョカキョキャキョ……  不如帰(ほととぎず)が夏の終わりを告げる……。    道長の耳には、虚しく響いた。
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