第十二話 華の嵐

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「こう見えて、当時俺は真面目に直衣を着込んで、しっかり冠下髻《かんむりしたの もとどり》を結いあげてたんだ」  帝は千愛の髪をじっくりと撫で、その滑らかな感触を楽しみつつ話を続けた。 「そうだったんですのね! そんな御門も、素敵でしょうね」  髪を結い上げ、冠を被った帝がどんな姿なのかを間近で空想する為胸に頬を埋めて いた顔を上げた。夢見るような眼差しで、彼を見上げる。 ……なんて可愛らしいのだ!……  帝はグッと込み上げてくる想いを堪え切れず、その(くれない)の椿の蕾ような 唇を、軽く(ついば)む。それから再び語り始めた。 「俺は元々、花道天皇が更衣に生ませた子供らしい。984年生まれさ。母親は俺を生んで すぐに亡くなったそうだ。『(はぎ)』と呼ばれていたらしい。だけど、父親には 妻が他に四人もいたし、俺はすぐに平安京を出されて乳母に育てられた。まぁ、公には 出ない…というか出せない話さ。よくある話だ」 ……御門……  悲しみに瞳を潤ませて自らを見上げる千愛に、穏やかに微笑みかける。 「子供は自分で育てたりしない。貴族には当たり前の事なんだ。女子は身分が高ければ 高いほど政治に利用されたりな。親子の情とか、そういう意味なら庶民の方が強いかも しれぬ。俺は恵まれてた方さ。宮仕えが出来るよう、父親が手を回してくれたりな。 986年、父親が19歳の時突然出家という形で退位した。この理由については、色々な 噂が飛び交っている。そのあと、八条天皇が即位したのさ」  帝は一旦そこで言葉を切ると、千愛が話についてきているかさり気なく様子を 見守る。すると千愛は真剣な面持ちで両手の指を使い、小声で数を数えていた。 「どうしたのだ?」  不思議に思って千愛に声をかける。 「今は1001年が明けたばかり。千愛は今年15になります。御門は18歳ですね!」 (※この時代、年齢は全て数え年で表す)  と声を弾ませ、彼を見上げた。瞳がキラキラ輝いている。そこで帝はある事に気づい た。 「あぁ、そうだが、言ってなかったか?」 「はい! 今知りましたわ」 「そうか、すっかり教えたつもりでいた。済まなかったな」  と帝は千愛を抱きしめた。 「いいえ。千愛も聞きませんでしたし。聞く暇もないほど、毎日が幸せで満ち足りて おりました」  と本当に満ち足りた様子で答えた。帝は少し照れた様子である。 うっすらとその頬に茜が差した。
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