甘美な視線

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ふたりは同じクラスで席が隣同士だった。けれど、殆ど会話はなく、お互いただのクラスメートという認識しかなかった。 その頃の零士先生はサッカー少年で、絵に全く興味がなかった。むしろ絵に興味があったのは薫さんの方。薫さんは休み時間になると女子たちの輪からひとり離れ、画集を眺めていたそうだ。 ある時、美術の授業で"『熱』という言葉から連想される絵を描く"という課題が出た。クラスのみんなは湯気が出ているホカホカの食べ物や太陽といった見るからに熱を感じるモノの絵を描いたが、ヤル気がなかった零士先生は、チューブから直接絵筆に数種類の暖色系の絵の具を付け、画用紙に擦り付けていた。 同級生たちは手抜きだとバカにして笑っていたけど、薫さんだけはその絵を見て絶賛したそうだ。しかし、納得いかない同級生たちは『こんな簡単な絵、誰にでも描ける』と再びバカにする。 その時、薫さんが言った言葉が『誰にでも描けるけど、誰も描いてない。それを一番初めに描いたことに意味があるの。二番目に同じモノを描いても、それは零士君の真似でその人の感性じゃない』と…… それから薫さんは事あるごとに零士先生に画集を見せて絵画の素晴らしさを延々と語った。ついには自宅の矢城ギャラリーに零士先生を連れて行き、多くの画家の絵を見せたそうだ。 初めは全く興味がなかった零士先生だったが、徐々に絵に興味を持つようなり、数ヶ月後、サッカー部を辞めて薫さんが居る美術部に入部していた。
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