甘美な視線

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あ、そうだった。零士先生のお母さんは、年下の画家と駆け落ちしたんだ。 「当時、高校生だった俺は自分が絵に興味を持たなければ、こんなことにならなかったんじゃないかって後悔したよ。でもな、俺よりショックを受けていた人間がいた……」 「社長ですか?」 「いや……親父は自業自得だから仕方ない」 「えっ、じゃあ、誰ですか?」 「……薫だよ」 事の経緯を間近で見てきた薫さんは、零士先生を絵の世界に引き入れたのは自分だから、零士先生の両親が離婚したのは自分のせいだと責任を感じていたそうだ。 「あ、さっき零士先生が言っていた薫さんが責任を感じているっていうのは、そのことだったんですね」 「あぁ、でもな、当然のことだが、薫が責任を感じることは何もない。絵を描きたいと思ったのは俺だし、母親が画家に復帰したのも母親の意思だ」 しかし零士先生が何度そう言っても薫さんは納得せず、自分を責めた。その後、薫さんは絵を描くのを辞め、あんなに好きだった絵画に興味を示さなくなった。 そうだったんだ……だから薫さんはめったに矢城ギャラリーに顔を出さなかったんだね。 「母親は、自分の気持ちに嘘を付いて生きていく人生なんてつまらないと気付いたから家を出たんだ。俺はそんな母親の決断を間違っているとは思わない。人生は一度きりだからな」 キッパリと言い切る零士先生。でも、私は彼の言葉に違和感を覚えた。
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