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――その日の夜、矢城ギャラリー。
「もう少し視線を落として……あぁ~違う! 落とし過ぎだ。もっと顔を上げろ」
零士先生の細かい注文に心の中で『どっちだよ!』って、ツッコミを入れつつ、言われた通り視線の角度を微調整する。が、もう二時間近く同じポーズをとっているから、さすがに疲れてきた。
しかし、その疲れの本当のワケは動けないからじゃなく、彼の視線を感じる度に心臓が暴れ出し、それを彼に悟られないようにしていたからエネルギーの消費が激しかったんだ。
「今日はこのくらいにしておくか……」
待ちに待った言葉に大きく頷き、素早く着替えて部屋を出ようとしたが、零士先生に食事に誘われてしまう。でも私はここに来る前に夕飯を済ませてきていたからやんわり断ると、ムッとした零士先生に乱暴に腕を掴まれた。
「今日は付き合ってもらうからな」
一言、そう言うと問答無用って感じで私を引きずりながら廊下を大股で歩いて行く。そして矢城ギャラリーのビルを出たところでちょうど通りかかったタクシーに押し込まれ連れて行かれたのは、新宿駅近くのお洒落なダイニングバー。
お酒だけではなく、料理も楽しめるそうで、零士先生の行きつけのお店だそうだ。
淡い照明の店内にはスローバラードが流れ、落ち着いた大人の雰囲気が漂っている。そのせいか、客層は三、四十代が中心で、私は完全に浮いていた。
なんか場違いな所に来てしまったような気がする……
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