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「なんで? このまま一緒に会社に行けばいいだろ?」
八時出社の零士先生が焦るのは当然のことだけど、私の就業開始時刻は九時。だからまだ余裕があった。それに、彼と一緒に出社したところを薫さんに見られるのがイヤだったんだ。
零士先生と薫さんとの間には何もない……そう納得はしたものの、なんだか後ろめたくて、できれば薫さんに私たちの関係を知られたくないと思っていた。
でも、駅の近くまで行く時間がもったいないからとなかなか降ろしてもらえず、会社近くの交差点の信号が赤に変わったタイミングでようやく降ろしてもらえた。
もう春華堂のビル見えているし……意味なかったかも。
苦笑いを浮かべ歩き出すと見覚えのある春華堂の社員の顔がチラホラ目に付く。一応、用心の為になるべく存在を消して歩道の隅っこを歩いていたまに「希穂ちゃん?」って声を掛けられてしまった。
ゲッ! この声は薫さん?
引きつった顔で振り返ってみれば、不思議そうに首を傾げた薫さんが私を凝視している。
「タクシーで来たの?」
ヤバ! バッチリ見られてた。
「あ、はい。ちょっと体調が……だから満員電車はキツイかなぁ~って。でももう大丈夫ですから」
「そう、無理しちゃダメよ」
どうやら上手く誤魔化せたと安心したのも束の間「けど、希穂ちゃんが降りたタクシーにもうひとり乗ってなかった?」と痛い所を突かれ冷や汗タラり。
「い、いえ、乗ってません! 薫さんの見間違いですよ……」
「そう?」
「そうです! ヤダな~乗り合いタクシーじゃないんですから~」
――しかし、私の嘘はいとも簡単にバレてしまう。
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