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半ば強引に歩き出した薫さんに引きずられながら、振り返って助けを求めるように零士先生の顔を見たのだけれど、彼は呑気に微笑んで片手を上げていた。
ヤダ、零士先生ったら、笑ってないで引き止めてよ!
しかし私の心の声は零士先生には届かず、薫さんとふたりっきりでランチをすることになってしまったんだ。
パスタが美味しいと評判の店に連れて行かれ、向き合って座ると薫さんはメニューも見ずにツナとバジリコのパスタを注文する。
で、「希穂ちゃんは何にする?」って聞かれても、メニューを広げる余裕などなくて「じゃあ、私も同じので……」と返すしかなかった。
あぁ……めっちゃ気まずい。
視線の置き所に困り、まるで借りてきた猫状態で縮こまっていると頬杖を付いた薫さんが私の名前を呼んだ。
「ねぇ、希穂ちゃん、いったいどんな魔法を使ったの?」
「魔法?」
「そうよ。零士は今まで数え切れないほど女性に言い寄られてきたけど、本気で付き合ったことなんて一度もなかったわ」
薫さんの顔は真剣そのもの。だから私も真面目に答えなくてはと思ったけど、それは難問で答えに困る。
何より、私みたいな小娘が零士先生と付き合ったことで薫さんのプライドを傷付けてしまったんじゃないかと気が気じゃなかった。
「……ごめんなさい」
考え抜いた末、私が選択したのは謝罪の言葉だった。
「どうして謝るの?」
「だって、薫さんの気持ちを考えたら……私……」
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