誘惑のワケ

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私は零士先生に抱き締められながら項垂れていた。 だって、私も環ちゃんの友人達と変わらないもの。噂に踊らされ下衆な勘ぐりをしていた自分が恥ずかしくて堪らない。 零士先生は環ちゃんが産まれた時からずっと傍に居て成長を見守ってきたから、他人とは思えないんだ。我が子同然なんだね。 「でも、希穂がどうしてもイヤだと言うのなら、断ってもいい。俺にとってお前は環と同じくらい大切だから……」 私を抱く腕に力がこもる。それが零士先生の答えのような気がして涙が溢れてきた。 「疑ってごめんなさい。私からもお願いします。環ちゃんの学校に行ってあげて。父親として堂々と先生と話しをてきて」 「本当にそれでいいのか?」 首かちぎれそうになるくらい何度も大きく頷くと申し訳なさそうな声が聞こえてくる。 「……悪いな」 「うぅん、悪いのは私。環ちゃの気持ちも考えず、偉そうに説教して……」 涙で言葉に詰まると零士先生が優しく頭をポンポンと叩き、その手で頬を撫でた。 「氷みたいに冷たい……暖房も点けないで待ってたのか? 風邪引くぞ」 ガスストーブを点け、その前に椅子を二脚並べるとそこに私を座らせる。そして肩に掛けられたのは、零士先生の温もりが残るダークグレーのスーツのジャケット。 「あ、ダメだよ。零士先生が風邪引いちゃう」 慌ててジャケットを返そうとしたのだけど、彼が私の肩を抱き、ムギュっと頬をくっつけてきた。 「今日はもう絵を描くのはやめるか……」 「えっ、いいんですか?」 「あぁ、希穂と暫くこうしていたい」 その言葉だけで十分だった。今、零士先生に愛されているのは私……そう思えたから。
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