あなたの傍に居たくて……

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「彼は嘘なんて一度もついたことのない正直な人だった。そんな彼が嘘を生業にしている私のことを好きだとは言ってくれないでしょうね」 婦人は初めて世間に後ろ指を指されるような生き方をしてきたことを後悔したそうだ。そしてとうとう耐えられなくなり、百万円を返す決心をした。 「あなたにお金を返したところで私の罪は消えないってのは分かってる。他にも多くの人を騙してきたからね。だから今から警察に出頭して全てを話すつもり……」 「自首……するんですか?」 「ええ、そして罪を償って戻って来たら、彼を探そうと思うの」 この人は詐欺師だ。出頭するというこの言葉も嘘かもしれない。けれど私は、このはにかんだ笑顔を信じたいと思った。だって、そこまで人を好きになれるって凄いことだもの。 その時、私の脳裏を過ったのは、零士先生の顔。 私は半世紀の時が経ってもまだ、この婦人のように零士先生を愛しているだろうか…… 「羨ましいな……」 ふと口を付いて出た言葉に婦人が反応し「好きな人居るの?」と聞いてきた。無言で頷くと婦人が私の手を取り優しく微笑む。 「いい? 本当に好きな人が居るなら諦めちゃダメよ。私みたいに五十年後に後悔することになるから」 婦人はそれだけ言うとゆっくり歩き出し、私は複雑な気持ちで彼女の背中を目で追っていた。そしてその姿が視界が消えるとお金が入った白い封筒を胸に抱き、大きなため息を付く。 ――と、その時だった。誰かが背後から私の肩を叩く。
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