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ここまで来てしまったんだ。もう開き直るしかないか……館長には言うなと言われたけど、それを言わなきゃ話しが進まない。
二人に事情を話し、どうしてもArielの個展を開きたいので、それまで矢城ギャラリーの引き渡しを待って欲しいとお願いした。
絵画のディーラーをし、いくつもの画廊を経営している社長なら、Arielがどれほどの画家か分かっているはず。
それを期待して必死で訴えたのだけど、社長は眉間に深いシワを刻み黙り込んでしまった。そして、薫さんまで、難しい顔をしてため息を付く。
「希穂ちゃん、本当に、あのArielが矢城ギャラリーで個展を開くの?」
「はい、Ariel本人の強い希望だと聞きました」
「そう……」
不穏な空気が流れ、なんだかヤバい雰囲気。Arielの名前を出したのはマズかったのかと焦り始めた時だった。背後でドアが開く音がして、柔らかな低音ボイスが聞こえてくる。
「いいんじゃないですか? Arielの個展を開くことは春華堂にとってもいいアピールになる」
なんと、賛成してくれる人が現れたんだ。もう嬉しくて喜び勇んで振り向くとそこに居たのは、スラリと背の高い男性。
だが、その男性と目が合った瞬間、私の意識は一瞬にして時を駆け、遠い記憶の中に引き戻されていく……まだ幼かった十三歳の少女だったあの頃に……
目に浮かぶのは、開け放たれた窓から吹き込んでくる風に柔らかそうなダークブラウンの髪を揺らしていた大きな背中。十年前の夏、突然現れ、私の心を奪ったまま消えてしまった――初恋の人の姿。
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