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あぁぁ……零士……先生。
十年も待ち続けていた人が、すぐそこにいる。そう思うと驚きで心臓が止まりそうだった。うぅん、もしかしたら、自分でも気付かない内に、本当に止まっていたのかもしれない。
鮮明に蘇ってくる記憶が再び私の頬を熱くし、手の平にじんわりと汗が滲む。
でも、零士先生は顔色一つ変えず私の横を通り過ぎると社長が座るデスクの前に立ち、Arielの個展を開くよう社長を説得し始めた。
完全に目が合っていたのに、見事なくらい無反応だった。私のこと分からなかったんだ……
なんとも言えない虚しさを感じ、改めて彼を待ち続けいた自分の愚かさを痛感する。
零士先生にとって、私との一ヶ月は、記憶の片隅にも残らない他愛のない出来事だったんだ。
そんなことを考えながら、十年前より少し肩幅が広くなったその後ろ姿を見つめていると、なんだか沸々と怒りが湧いてきて「私の青春を返して!」って叫びたくなる。
「希穂ちゃん、怖い顔してどうしたの?」
薫さんが私のコートの袖を引っ張り、小声で聞いてくる。
どうやら無意識に零士先生を睨み付けていたようだ。
「あ、いえ……別に。それより、あの男性は誰なんですか?」
「彼は社長の一人息子で春華堂の常務。紺野零士よ」
「じょじょ、常務?」
零士先生って、春華堂のボンボンだったんだ……なるほどね、そんな人が中学生との約束なんて覚えてるワケないか……
更に怒りが増してくるけど、社長にArielを猛プッシュしてくれてるから、ちょっと複雑な心境だ。
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