優しい嘘

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「そうか~お前がウチの会社に来るんだったら、Arielの個展を開く時に色々手伝ってもらおうと思ったんだが……残念だな」 「へっ? 今、Arielの個展を開く時にって言いました?」 「あぁ、言ったよ」 「ってことは……社長のお許しが出たんですか?」 今度は私が鼻息荒く零士先生に迫り、何度もしつこく確認する。 「あれから社長と話しをして、なんとか納得してもらったよ。工事業者にも個展が終了するまで矢城ギャラリーの改装工事は延期してもらうよう伝えておいた」 「あぁ~有難う御座います!」 もう無理だろうと諦めていたから嬉しくて、感激のあまり零士先生をムギュっと抱き締めていた。が、すぐに我に返り、慌てて後ろに飛び退いて米つきバッタのようにペコペコと頭を下げる。 「す、すみません……」 すると零士先生がクスッと笑い目を細めた。 「お前、本当にArielが好きなんだな」 「あ、はい。Arielは一番好きな画家です。彼女が描いた人物画は本当にリアルで、耳を澄ますと息遣いが聞こえてきそうなんです。でも、まだ実物を見たことなくて……だから、個展はどうしても開催してほしかった……」 自分の思いを熱く語り、どっぷりとArielワールドに浸っていると彼が「じゃあ、春華堂に来い」と私の肩を叩く。 「あ……」 Arielを取るか、平穏な日常を取るか……私にとってそれは、究極の選択だった。
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