優しい嘘

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迷いに迷った末、私が出した答えは――「春華堂に就職させてください」だった。 零士先生とこれからも関わっていかなきゃいけないってのが引っ掛かったけど、Arielと仕事ができるチャンスはもう二度とない。この機会を逃したら、きっと後悔する。そう思ったから…… それに、零士先生と同じ会社だと言っても、私はギャラリーのカフェで働くワケだし、常務の彼とは仕事上の接点はそれほどないだろうと思ったんだ。 「分かった。後のことは薫に任せるから、彼女と相談してくれ」 私が頷くと零士先生は軽く片手を上げ、パーティー会場に戻って行く。その後ろ姿を複雑な気持ちで見送ってたんだけど、次の瞬間、ハッとして目を見開く。 私ったら、興奮してArielを大絶賛しちゃったけど、Arielは零士先生のお母さんなんだ……それも、若い男と駆け落ちして零士先生を捨てた酷い母親。 けれど、不思議なことに零士先生は社長みたいにArielを憎んでいる様子はない。それどころか社長を説得して個展開催に尽力してくれた。自分を捨てた母親に、どうしてそこまで寛大になれるんだろう? 理由を知りたいけど、いくらなんでも本人にそんなこと聞けない…… その後、私もパーティー会場に戻って西島先生に挨拶とお祝いの言葉を述べ、なんとか無事、館長の代役を果たすことができた。 でも、安堵して会場を出ようとした時、振り返った私が無意識に探していたのは、零士先生の姿。そんな自分に不安なり、春華堂に就職を決めたのは間違いだったのではと思ってしまう。 本当に、これで良かったのかな?
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