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確かあの絵の作者はイタリア人で、十年ほど前に亡くなってから注目されるようになったんだ。
絵の世界では、亡くなってから絵の価値が上がるのはよくある話しで珍しいことじゃない。でも作者本人の気持ちとしては微妙だろうな……
「こちらの絵、お気に召して頂けましたでしょうか?」
後ろから軽い気持ちで声を掛けたのだけど、振り返った婦人の目には今にも零れ落ちそうな涙が溢れていて、唇が小刻みに震えていた。一瞬、気分でも悪いのかと焦ったが、その表情は思いのほか明るい。
絵があまりにも素晴らしかったから感激して泣いてるかな?
そう思った時、婦人がキャンバスを見つめたまま「この絵のモデルは、私なんですよ」なんて呟くから、思わず裸婦画と目の前の婦人を見比べ大絶叫してしまった。
「そ、そうなんですか?」
五十年ぶりに自分がモデルになった絵……それも裸婦画を見るってどんな感じなんだろう?
それからカフェに場所を移し、詳しい話しを聞いてみるとこの絵が描かれた当時、作者であるイタリア人画家と婦人は恋人同士で結婚も考えていたが、厳格な婦人の親に結婚を反対され泣く泣く別れたのだと……
「あの頃は外国の人と結婚だなんてとんでもないって時代でしたからね。それに彼は先の見えない売れない画家。親が反対するのも当然です」
ため息を漏らした婦人が寂し気な笑みを浮かべ、更に続ける。
「別れると決めた時、最後に私を描かせてくれと乞われましてね。だったら嘘偽りのないあるがままの私の姿を描いてくださいとお願いしたんです」
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