優しい嘘

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「それで、裸婦画を?」 「ええ、彼に裸を見られるのは恥ずかしかったのですが、当時の私にはそれが精一杯の愛情表現でした」 んっ? ちょっと待って。裸を見られるのが恥ずかしいって……もしかして、結婚の約束までしていたのに、ふたりはまだそういう関係になってなかったってこと? 疑問に思ったが、初対面のお客様にそこまで突っ込んだ質問をするのは憚られスルーしようとしたのだけど、婦人がクスリと笑い、アッサリ私の疑問に答えてくれた。 「昔はね、結婚するまで操を守るっていうのが普通だったのよ」 「あぁ……なるほど……」 完全に心を読まれ苦笑いをするしかない。すると婦人が再び裸婦画を見つめ、か細い声で言う。 「ずっとあの絵がどうなったか気になっていたんです」と…… 婦人はイタリア人画家と別れた後、親の勧めでお見合いをして別の男性と結婚したものの、その男性と上手くいかず、すぐ離婚したそうだ。その原因は、まだ心の中で想い続けてた男性が居たから―― そのことに気付いた婦人は全てを捨て、イタリアに帰国した彼の元に行こうとした。けれど、イタリア人画家も既に家庭を持っていて、その想いが叶うことはなかった。そして十年前、再会を果たすことなく彼は亡くなってしまう。 「……でも、三日前、私と彼の過去を知る友人がたまたまこのギャラリーを訪れて彼の絵を見つけたんです。それが裸婦画だと聞き、居てもたっても居られず来てしまいました」
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