優しい嘘

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五十年経った今でも変わらず、ひとりの男性を想い続けている婦人の熱い想いに圧倒され言葉が出ない。 人を愛することに年齢は関係ないんだ…… 半世紀にも及ぶ純愛に感動してウルウルしていると婦人が急に真顔になり、大事そうに抱えていた鞄から銀行の封筒を取り出す。 「お恥ずかしい話しですが、年金暮らしで余裕がなくて……友人達に助けてもらってなんとか二百万円用意できました。これで彼の絵を譲って頂けないでしょうか?」 「二百万……」 私としては婦人の想いを叶えてあげたかった。けれど、即答できない事情があったんだ。 展示されている絵には販売価格は提示されていないが、私が持っている資料には三百万と記されている。 どうにかならないものかと薫さんに連絡したのだけど、数分後に現れた薫さんが言うには、この裸婦画は既に購入を検討している方がいて、二日後にその方が海外出張から戻るのを待ち商談をする予定になっているとのこと。 「そうですか……残りの人生をこの絵と共に過ごせると思っていたのですが……残念です」 落胆する婦人を見て堪らなくなり、薫さんに必死で事情を説明したのだけど、渋い顔で耳打ちしてくる。 「その検討しているお客様はね、常務の知り合いで、何作も絵画を購入してくれている大切なお得意様なのよ」 「常務の知り合い……」 「そう。それに、販売価格と購入希望価格が違い過ぎる。残念だけど、今回はご縁が無かったということで……」 しかし、納得いかない私は薫さんが話し終わる前に「常務と交渉してくる」と叫び、駆け出していた。
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