優しい嘘

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あの絵を持つに相応しいのは、お金持ちのお得意様なんかじゃない。あの婦人だ。 エレベーターが最上階に到着すると廊下を全力疾走して常務室に駆け込み、肩で大きく息をしながら窓際のデスクに座っている零士先生に迫る。 「常務! お話しがあります! ギャラリーに展示されている裸婦画……お得意様に売るのをやめてもらえませんか?」 「はぁ?」 唐突な申し出に私を見上げる零士先生の表情が険しくなるが、構わず事情を説明してあの絵を婦人に譲って欲しいとお願いした。 「出勤初日に一言の挨拶もなく、いきなり三百万の絵を二百万で売れとは……困った新入社員だな」 「あぁ……すみません。でもご婦人にとってあの絵は恋人との思い出が詰まった大切な絵なんです」 デスクに両手を付き身を乗り出して訴えるも、零士先生は気怠そうに椅子にもたれ掛かり腕組をしたまま大きなため息を漏らす。そして吐き捨てるように言った。 「お前はバカか?」 「へっ?」 「いいか? 春華堂は慈善事業で絵画を扱っているワケじゃない。客の都合でいちいち値引きしていたら会社が潰れてしまう」 「あ……」 零士先生が言っているのは間違いなく正論だ。でも、私には愛する人を想い続けてきた婦人の気持ちが痛いほど分かるから……同じように目の前のこの人をずっと待ち続けてきた過去があるから…… 「とんでもないことを言っているというのは分かっています。分かっていますが……そこをなんとか……」
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