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「希穂ちゃん、久しぶり。長い間、留守にして悪かったね」
「あ、あの……零士先生は?」
「零士? あぁ、僕の代わりに教えに来てくれてた学生さんだね。彼はもう来ないよ」
「もう来ない?」
「僕が退院するまでってことで無理言って来てもらっていたらしいから」
そんな……私、零士先生の連絡先とか聞いてないし、どこに住んでるかも知らない。
おじいちゃん先生に零士先生のことを聞いてみたが、区の方でお願いした人なのでよく分からないとのこと。それなら区の担当者に聞けば分かるかもって思ったんだけど、個人情報がなんとかかんとかで、結局、教えてもらえなかった。
初恋の人が突然消えてしまい私の落胆は相当なものだった。明けても暮れても零士先生のことばかり考え、学校が終わると都内の美大をまわって校門の前で先生の姿を探した。
しかし、零士先生を見つけることは出来なかったんだ。
彼との繋がりはあの約束だけ。だから絵画教室は高校生になっても大学生になっても続けていた。ここに居れば必ず零士先生が来てくれる。その根拠のない自信が心の支えになっていた。
そして、ようやく待ちに待った二十歳の誕生日を迎えた――でも、彼が絵画教室に現れることはなかった。
私はやっと気付いたんだ。あの約束はただの冗談。?っぱちだったんだって。
そもそも、零士先生は私の誕生日がいつなのか聞かなかったし、私の下の名前しか知らない。そんな娘との約束を何年も覚えているはずがない。
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