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その一言が私の動きを止めた。
零士先生は大きな勘違いをしてる。零士先生を嫌いになれたらどんなに楽か……零士先生のことが好きだから、今でもこんなに好きだから苦しいのに……
唇を噛み、両手をギュッと握り締めると零士先生は腰にまわした腕を更に強く交差させ、私の肩にコツンと顎を乗せた。
「さっき、飯島が入れてくれたコーヒーを飲んで癒されたって言ったが、本当はな、コーヒーより、お前の顔を見てホッとしたんだ……」
「うそ……そんなの嘘に決まってる」
「なぜ嘘だと決めつける?」
「だって、私みたいなどこにでも居るような平凡な女に癒しの力なんてあるワケないもの!」
そうだよ……もう騙されるのはイヤ。これ以上、私の心を乱さないで!
彼の言うこと全てが信じられず、大きく首を振ると心の中の古傷がまたジクジクと鈍い痛みを放つ。
でも、零士先生が次に言った言葉で頑なだった私の気持ちが大きく揺れ、今まで必死に抑え込んできた想いが溢れ出しそうになった。
「俺にとってお前は、どこにでも居る平凡な女じゃない。だから最後に描く絵のモデルをお前に決めたんだ」
えっ……
だがその時、目に飛び込んできたのが、廊下の角を曲がりキョロキョロしながらこちらに歩いて来る薫さんの姿。
――薫さんにこの姿を見られてはいけない。
咄嗟にそう思った私は零士先生を突き飛ばし、彼が手に持っていた火の点いた煙草を無理やり奪い取る。
「な、なんだ?」
「私はここに煙草を吸いに来た。そういうことにしてください」
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