甘美な視線

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それから間もなく、喫煙室の中に居る私たちに気付いた薫さんが駆け寄って来て豪快にドアを開けた。 「常務! 帰って来てたんだったら、ちゃんと報告してくれないと……常務の帰りをずっと待ってたのよ!」 「今帰ったとこだ。そんな目くじら立てて怒ることじゃないだろ」 零士先生が新しい煙草を銜え面倒くさそうに呟くと薫さんが眉を吊り上げてその煙草を口から引っこ抜く。 「もぉ~常務が今回のオークションで予定以上の資金をつぎ込んだから、社長が怒って大変だったのよ」 「あぁ……そのことか。どうしても欲しい絵の値が吊り上がって仕方なく現場でそう判断したんだ。ケチくさいこと言うなって社長に言っとけ」 「悪いけど、私じゃ手に負えないわ。早く行って事情を説明してきてよ」 「ったく……ゆっくり煙草も吸わせてもらえないんだな」 薫さんに促され、渋々立ち上がった零士先生が喫煙室を出て行こうとしたのだけど、ふと立ち止まり、私の頭くしゃりと撫でて妖艶な瞳で囁く。 「続きはまた後で……じゃあな」 意味深な言葉を残し彼が喫煙室を出て行くと、その様子を見ていた薫さんの目付きが変わり、鋭い視線が私に向けられた。 「続きってなんのこと?」 「えっと、絵の話しを聞かせてもらってて……」 「ふ~ん、で、希穂ちゃんはなんでここに居るの?」 「あ、あぁ、ちょっと一服……」 零士先生から奪い取った今にも燃え尽きそうな短い煙草を見せ、渾身の笑顔を作るも、ぎこちない手付きで煙草を揉み消す姿を見た薫さんが低い声で「本当に?」って探るように聞いてきた。
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