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華やぐその街に集う人々の多くは、酒に酔い、偽りの恋に心ときめかせたり、力を誇示するようにお札をばらまいたりと、虚ろな瞳で一時の夢を楽しんで、また現実へと帰っていく。
けれど、帰る場所を見失って、ここに居座る人間もいる。
そんな人々が自然と身を寄せる場所のひとつに、この通りから小路へ入り、更にビルの隙間を縫うように進んだ先の街はずれ、築40年のアパートがあった。
元はクリーム色だったであろう外壁は、黒く垂れたシミと青々とした蔦に覆われ、外階段は塗装が剥げて錆が広がっており、築年数が相当経っているのが一目で分かる代物だ。
ビルに囲まれて日当たりも悪く、その外観と相まって、何か事情がないとそこに居れないような、普通の人は寄り付かない、薄ら暗い空気をそのアパート全体が纏っていた。
夜の街の穴ぐら、とでも言おうか。
――――陽炎が立ち上る午後2時。
その小さな穴ぐらで、ひとつの恋が燃え尽きた。
この年初めての猛暑日を記録した、茹だるように暑い、夏の始まりの日に。
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