美沙子へ

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そんな錆びれた生活の中で出会った彼女がいた。 実際はよく通っていたスナックでかなり前から顔見知りではあったのだが。 名前は多香子という女だった。 彼女とは不思議と縁があり、たまたま知り合いと別の店にいて鉢合わせたり。 連絡先は知っていたが、金に窮して飲みに出なくなってからも多少の交流があった。 「安い居酒屋でもいいけん、飲もよ」 焦燥感に包まれた日々の中では、そんな連絡をくれる多香子が癒しの存在であった。 別に気負わずとも一緒にいられた。 彼女自身も30代を過ぎ、バツイチではあったが子供は居なかった。 水商売の店では需要が下がりつつあった。 どうでも良い話と感じながらも、仕事の愚痴やら待遇の悪さをよく聞いた。 もう少し若い頃に周りにちやほやされてきた、中年に差し掛かった女の典型かと思えた。 決して美人とは言えないが、黒髪のロングヘアに大きくて愛嬌のある二重瞼や小さな鼻と口。 体型はやや太めだが、化粧映えのする女だった。 男女関係には成りそうになかったが、酔って帰るときには時々キスしてくれた。 当時は誰からも必要とされてなかった私にとっては気付けば唯一の存在となった。 何より、話さなくても私の懐事情を察しているのか無理は言わなかった。 ある夏の花火大会に行った時にビール片手に歩きながら、 「あんな、私ら付き合おうや」 そう多香子が告白した。 『うん。金ないけどな。』 『しかし、この歳で付き合うって、俺は結婚とか意識するって考えるけど?』 私が言うと、着物姿の彼女が頷いた。 『ま、頑張って、大事にするわ』 その後は私の方が機嫌良く喋り続けた。 話しながらこの生活をまたなんとか立て直す決意もしていた。 この頃は私は39歳だった。 恥ずかしながら気持ちは自分の想像よりもだいぶ高揚していた。 酒の力かも知れない。 そして同時に欲情もしていたが、しばらくの間は多香子とセックスはしなかった。
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