第4節「ある過去の物語とその続き」

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「大手の出版社から堂々と出版するわけにはいかないんでしょうか?」  灯理の問いに、両義さんは言葉を選びながら答えた。 「『莱童物語』の続編は、これまでとは少し違う形で世に届けたいのです。急ぎたくない。効率性を追求したくない」 「失礼ながら、お金はすぐにでも必要な状況だと推察いたしますが」  悠未が、両義さんの心情を(おもんばか)りながら口にした。「お金」というキーワードと、誠実な態度で対応してくれながらも、全ては語れないといった両義さんの微細な表情。  悠未から少し遅れて、灯理にもピンときた。例えばそう。そのブラックな会社との間に両義さんは何か金銭的なトラブルを抱えている。そしてつけ込まれている面があるのかもしれない。  しかし、彼女は首を(うつむ)かせると。 「一等星の名声には及ばない名もなき星の明り。ランキングには載らないあなたのための物語。そして、富を集めることはできなかったけど私の愛する人。そういう存在に捧げる作品なのです。今、お金になるからとこの物語を届ける本懐のタイミングを曲げることは、筋が通らなくなってしまうのです。とはいえ」  両義さんは続けた。 「焔君には、もうここには来ないように話してきかせます。私の道を貫く途上で傷つくのは、私だけでよいはずですので。幸いこの街にはまだ、私の私塾の他にも、ああいう子を受け入れてくれる場所はあるはずです」
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