第10節「同人誌制作・始動」

3/3
前へ
/129ページ
次へ
 悠未が同人誌即売会のパンフレットを焔に渡してよこす。  「(もり)の集い」という焔も聞いたことがある、S市のローカルな同人誌即売会の名前が目に入る。  ざっと目を通すと、一番大事な情報としては。 「って。開催日まで一ヶ月ちょっとしかないじゃねえか」  ちょうど年末の、街を行き交う人たちがウキウキしてる頃の日付が記されていた。 「印刷の期間も入れるとジャスト一ヶ月くらいだ。明日、脚本を書き上げてきたとして、読み切り漫画28ページ、いけるか?」 「いや無理だろ。それからキャラデザして、ネーム切って、下書き、ペン入れ。ベタにトーンに仕上げ。アシスタントでもいるなら別だけど」  焔自身、勘を取り戻すために、コミック調のイラストを描くトレーニングを再開したばかりという段階だった。 「あ、それは、ペン入れ以降のベタとかトーンは僕がこれで担当するよ」  祈が、部室の角に置かれたデスクトップPCを軽く叩いた。 「祈さんも、絵描けるんだ?」 「僕はオールマイティーだから、何でもそこそこできるのさ。そう、下書き、ペン入れも、背景は僕がやろう」 「じゃあ、ネームに起こすのは私がやるよ。右腕でも簡単な線なら引けるし。その間、焔君はキャラデザをやろう」  そうなると、自分が担当するのはキャラデザとキャラクター中心の作画部分か。 「それなら、やれるかも」  焔は鞄からノートを取り出して、おもむろに線を引き始めた。 「今の段階でのキャラクターのイメージを教えてくれ」 「そうだな」  悠未の発する断片的な、それでいて誠実な言葉から、頭に生まれた「イメージ」を紙に落とし込んでいく。  しばらくの没頭。  すると、ノートには何パターンかのキャラクターデザインの原案が出来上がっていた。 「イイな」 「可愛いね!」 「萌える感じだねぇ」  穏やかさとか、喜びとか、人を楽しませたい気持ちとか、そういうものを込めて丁寧に外の世界に出力した自分の中の世界が、他人と共有されていく。 (こういう感覚、久しぶりだ)  焔の中で、止まっていた大事な何かが、再び動き始めていた。
/129ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加