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ただ、内心悪いとは思っていなかった。
比較的歳が近い同性にここまで親しく接せられたのも久々で、祈がまとっている陽気さは、少しだけ焔の心を軽くした。
「あいつには。悠未には勝てねぇ」
「だから、戦うことに関してはでしょ。焔君には焔君の良さがあるでしょ」
「あるか? 絵も、そんなには自信ない」
「ははあ。焔君はアーティスト気質な人だねぇ。時々、自意識の迷宮に迷い込むんだ。アカリも、ちょっとそんなところがある」
灯理の名前を聴いて、焔の心拍数が少し上がる。
そして、祈はそういう他人の些細な変化を見逃さない男だった。今はあえてそこを突っ込みはしないけれど。
そもそも、悠未と比べること自体がおこがましい。強さに関しても。灯理への気持ちに関しても。焔としては、そう一刀両断してくれた方がむしろすっきりしたのかもしれない。
けれど、迷う焔に向かい合いたる、飄々とした祈は、むやみに自分の判断で他人を裁くということをしない人間であるようだ。
「頑張り屋さんは好きだけどねぇ。でも、そーゆう『自分に厳しく』って、自分の地盤が固まってからの話じゃないかな?」
自分への評価を下す代わりに与えられた警句に、焔は感心した。
「イイこと言うな」
「ハッハ。年長者のカッコ良さ、実はあるでしょ? ちょっと、付き合いなよ」
歩き出した祈は、学園の裏門に向かっていく。授業はサボタージュして付いて来いということらしい。
焔はブルブルと首を振って、抱えていたモヤモヤを一旦横に置くと、祈を追って歩き始めた。
この時はまだ、この祈という男とも浅からぬ縁になってゆくことに、焔は気づいていなかった。
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