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「御曹司。って呼ばれてる人で、けっこう有名な人みたいだよ」
祈も、焔の視線の先を見て、目を細める。
「大企業の跡取りで、震災後に県外から来たらしいけど。雇用を作って賃金を上げて、大活躍みたい」
祈が口にした企業名は、焔も知っている有名なものだった。
「そして、強い」
御曹司は組手争いの後、引手を取った瞬間、スナップで一瞬で相手を崩し、そのまま巻き込むように大外刈りで投げた。
「相手も県警の超強い人なんだけどねぇ」
「あいつもパワータイプか?」
「うーん。パワータイプっていうより、ああいうのは」
祈が一礼して再び道場に入った。
「俊英。っていうか。あらゆるジャンルで超級。たまにそういう人間もいるんだよね」
祈はすたすたと乱取りを終えた御曹司に向かっていく。
「おい」
野生のライオンの前に進んで立とうという者がいないように、焔は御曹司の前に立とうとは考えもしなかった。それなのに、なにゆえ祈は。
「よろしくお願いします」
頭を下げる祈に、御曹司は承諾の意を返し、二人の乱取りが始まった。
しかし、二人が組み合うと、時間にして数秒だけ動かなかった祈は。
「これは、ダメですね」
ニっと笑って、高速で上体を相手の膝元辺りまで落として、組手を切った。すぐさま、バックステップ。
相手の間合いから離脱しようとした祈めがけて、無駄のない動きで、御曹司のタックルが炸裂する。祈はそのまま押し倒されて、御曹司に馬乗りのポジションを取られた。
「ギブです」
特に絞め技や関節技をかけられたわけではなかったが、祈はトントンと畳を叩いた。
御曹司はゆっくりと拘束を解くと。
「興味深い技だったねぇい」
と、組手を切った時の祈の動きへの評価だけを告げて、次の乱取りの相手を探しに祈から離れていった。
焔にとってはちょっとショックな光景で。
(あんなに強い祈さんでも、成す術もないのか)
焔より女の子は強くて。
祈はきっとその女の子よりも強くて。
だけど祈よりも御曹司は全然強くて。
このまま上には上がいるなら。
(どこまで行っても、「勝つ」なんてことはできないじゃないか)
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