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焔君は、仮設住宅の壁面に絵を描いていた。
ここ一帯の住宅には珍しいことではなく、遠方から訪れたボランティアの人達、地元の美大生、様々な人達が仮設住宅の壁を絵で彩るということをやっている。
そこには、生活の場所に明るさをという観点と、あくまで仮の家だからキャンバスにできるという両方の観点がある。
「こんなの。何にもなんねぇ」
「でも、ユナイテッド・リンキング・フラワーズとか、そんな感じを表現してるんだろう? 各々の花は独立していて、でも繋がってもいる、みたいな」
悠未が繋がった花のアートをそう評すると、焔君は顔を赤らめた。褒められ慣れてないので、素直に賛辞を受け取れない。そんな感じ。
「無理やり引きずられていくように生活してるだけでは、苦しくなる。そんな時、『イメージ』は俺達を助けてくれる。焔と言ったか。この『イメージ』は、イイ感じだ」
「なんかアンタ、調子狂う」
焔君は悠未から視線を外すと、灯理に向き直った。
「灯理さん。著作権って、金になるのか?」
唐突な質問だが、焔君からすると、灯理は物知りなお姉さんに見えるらしく、これまでも幾度か社会のこと、言葉のこと、芸術のこと、そんなことを質問されたことがあった。
「人気作の著作権なら、もちろんお金になるよ。それこそ、世界的なヒット作だったら何億円とかさ」
「先生が、持ってるらしいんだ。それを目当てで、何か変な連中が出入りするようになってさ。いや、イイ。何でもない」
灯理はともかく、悠未に聞かれる類の話じゃない。焔君はそんな態度で。
灯理は透徹な瞳で少年を観察した。
「焔くん。服の、下?」
たぶん、殴打によるアザがある。
「灯理さんがその何でも見透かすような目ぇするの、苦手だ。何でも、知ろうとすんな」
「お金で解決できることなら、その方が良いことも多いよ」
純真に、気遣いから出た言動だった。だが、それは、焔君の何か譲れない部分に引っかかった。
「ほら、やっぱり金だ。大人は、汚い!」
強い言葉を灯理に対して叩きつけると、焔君は描きかけの絵を放棄して、仮設住宅地区の外に向かって歩いて行ってしまった。
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