25人が本棚に入れています
本棚に追加
/214ページ
「おい、徳次。お前はいい人いねえのか?」
思わぬ問いかけに、驚いて半分身を起こした。
「い、いねえよ。」
「乾物屋のおみっちゃんとか、気立てがいいし、かわいいじゃねえか。時々話しかけられてんの、知ってるんだぞ。」
さっきとからかう立場が入れ替わって、兄様は嬉しそうだ。
「おみっちゃんは、いい娘さんだが、一緒になりてえとは思えねえよ。」
悔しくて、どうにか言い返そうと思うが、こういう話は苦手で、じんわりと手が汗ばむ。
「夏祭りには帰ろうな。こっちに出てきてる奴らも楽しみにしているし。ひょっとしたら、お前の帰りを待ってる娘もいるかも知んねえし。」
「兄様!」
兄様は、童みてえに愉快そうに笑った。
結局、兄様には勝てねえ。
俺達の村では、盆とは別に村の神様の祭がある。そんときゃ、神様の下さる縁だから、無礼講で、好きな男や女を口説いていいことになっている。
そう言っても、口説きたい時に、口説きたいやつは口説くし、もう好き合ってるもん同士、契を交わし直したりもするから、まあ、形ばかりの村行事だ。
はるか昔は、懸想する相手と歌を詠み交わしたり、雅なこともしてたみたいだけど。
兄様はその祭で、イネという美人を口説き落とした。
娘がいなかったからか、両親は嫁を娘のようにかわいがった。
いや、本当のところは、後ろめたさもあったのかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!