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イネさんの両親は、二年前、流行り病で亡くなった。
イネさんには頼る人がおらず、それを心配したイネさんの父様は、亡くなる前に、ゆくゆくは太兵衛さんと夫婦になるようにと遺言をしていた。
祝言をあげるまでは、うちで奉公してもらうことになった。
その間も太兵衛さんの両親は将来の嫁のために、気を掛けていたらしい。
しかし、兄様はそれを知っていながら、口説いたのだ。
親同士の約束だから、イネさんと太兵衛さんが想い合っていたかなんてわからない。
いや、兄様に口説かれたのだから、イネさんは太兵衛さんのことは好きではなかったのかもしれない。
どちらにしろ、イネさんの外聞は悪くなってしまった。
父様も母様も、どうやらその責任を感じているみたいなのだ。
兄様だってわかっているだろうに、町へ下りれば、初めて会う女と遊んだり、声をかけられたりしやがる。
こういうところさえなければ、兄様は立派なのにな。
わからないように、ちいとばっかり兄様を睨んだ。
***
翌日の昼には倉庫が空になってしまった。
「少しばっかり足りなかったな。」
そう言いつつ、兄様は嬉しそうだった。思った以上に問屋さんが買ってくれたからだ。兄様は、今頼んでいる分に、追加で物を送ってもらうよう手配を始めた。
油蝉がやかましい。
それに葛餅を売る声が重なる。
百日紅の紅い色が鮮やかで、真っ青な空と入道雲を仰いでいた。
改めて、夏も盛りだなあとしみじみする。
「ごめんくださいまし。」
表から、品の良い女の声が聞こえてきた。
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