我孫子前のあびこさん

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 またある時は、こういうこともあった。 「ありがとうございましたー!」  そう言って次の客に取り掛かろうとしたとき、定期入れが残っていることに気づいた。ちょうど前のお客様がお金を出す際にいったんバッグを置いた場所だった。20歳前後の清楚な感じの女性だ。財布と一緒に取り出してそのまま忘れてしまったらしい。 「お客様っ! 忘れ物……っ!」  そう言いかけたがそのお客様はちょうど店から出たところだった。  咄嗟に追いかけようとしたが、レジが開いたままで、他のお客様もいる。他の店員も接客中で気づいていない。 「あびこさん、俺が追いかけます!」  そう言ったのは、毎日コーヒーを買っていく若いビジネススーツの男性だった。なんで僕の名前を、と一瞬考えてしまったが名札で覚えられていたのだろう。 「お願いします……!」  彼は頷き、僕の代わりに彼女を追って店を出ていった。  しばらくほかのお客様の接客をしていると、彼が戻ってきた。定期入れの持ち主のお客様も一緒だった。  二人は律儀に棚から菓子を取って列の一番後ろに並び、順が来るまで待ってくださっていた。 「あびこさん、ありがとうございます! 助かりました」  女性が言った。改めてよく見るととても綺麗な女性だった。密かに僕好みだ。 「いえいえ。定期入れなくすと困りますよね」  僕も笑顔で答えた。そこに―― 「あびこさん、実はあびこさんのおかげで俺たち付き合うことになっちゃいました!」  追いかけていった彼が言った。なんだと!? 追いかけていったのが自分だったら自分がそういうことになったかもしれないのに……! 「そうなんですか……。それは良かったですね」 「はい! 俺たち二人共、あびこさんには感謝です!」  ちょっと悔しい思いもするが、地域に愛を与えられればその地域の店員として言うことはない。 「ありがとうございましたー! またお越しくださいませ!」
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