彼について

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彼について

 彼はまじめでおとなしく、そして無能だった。  勤勉な人間が崇高たるのは、それが実力に繋がっているからだ。どれだけ真面目であろうと、実力がなければ不真面目な者と評価は変わらない。あいつはいい奴だけど、仕事はからっきしだなと裏でささやかれるだろう。当然だ。彼の仕事が遅いため、他の人間がその分動くことになる。  問題と言えば、彼があまりにまじめであることだ。  遅刻もしない。早退もしない。与えられた仕事はこなす。ただ、自分に課せられた仕事だけをこなすだけで勤務時間が終わる。毎日自分のためだけに働き、退社する彼は、勤務当初こそまじめであるので今後に期待をされていたが、勤務三年目あたりにその期待は完全に消え、厄介者のひとりとなった。  休憩の際、恥ずかしそうに喋る彼をかわいいと言っていたパートの女性たちも、みな彼から離れて休憩している。  彼はいつも同じ人と休憩をともにし、またその人と一緒に帰宅する。  彼が仲良くしているのは、同じく真面目で一生懸命に働く無能者であった。常に全力で動き回り、与えられた仕事に全身全霊で取り組み、そして失敗する。     
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