序章「天の兆し」

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        これから話す事なんて何の得にもならない話でしょう。  けれど、あなたの心に届くなら私はそれで十分です。  病室の窓から吹く風が何度もカーテンを躍らせていた。  夏の風だろう。虫たちの今にも消えそうなか細い声が病室いっぱいに広がる。  その中に器械音が混じりピッピッピッと母を待つ小鳥のように響かせる。  片耳だけはめたイヤホンからは大好きなバンドの歌が流れ、その一つ一つを零さないようにしっかり耳に心にとめた。  僕には結構重すぎる人生で何度も挫けてきたけれど、まぁ、こんな人生も悪くないなんて思う日が来るなら、きっとそれは今日だろう。  深く息を吸って思う。  幸せとは何なのか。  息もできる。  会話もできる。  目も見える。  それだけで案外幸せなのかもしれない。  ベッドに横になりながら窓から見える星に目を移す。  君の分まで頑張れたかな。  何処の誰かも知らない人にそっと心をゆだねる。  それから病室のドアが開き、パタパタと足音をたて近寄ってきたのは婦人科に通う母の付添でよく来る9歳くらいの少年だった。 「こんばんは」     
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