第一章「深い眠りについた夜に」

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   また、朝がやってくる。そうやって床に付き重い瞼をゆっくりと閉じた。  ある日の朝方、母は言った。『引っ越しをするから支度をしなさい』と。  引っ越し場所も何故引っ越すのかも教えず、ただ支度と言っても荷物はいらない、あっちにあるからと言われたため僕は言われた通り素直に身支度だけをし、家を出た。  外に出てついさっきまで生活していた自分達の家を見て、感謝を込めて一礼した。  自分でもこの家を出るとは一度も考えたことは無かった。  きっと、母もこの決意をするまでは考えてはいなかったのではないかと思った。  さして、古いわけもなく、それでいて新しいわけでもない家だが帰るたびに感じた温もりが僕にとっては居心地がよかった。  引っ越し場所までの移動は車で行われた。車から見える景色はさほど変わり映えなく、特に珍しいものもなかった。  それにしても、行き場所でさえも教えないというのはどういうことだろうか。  知られたくなくて言わないのか、はたまた、サプライズという意味で教えないのか。     
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