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短大の卒業を間近に控えた頃、文芸誌『読』に、ある小説の冒頭部分が掲載された。
それは一年に一度発表される、長編新人コンテストの大賞作だった。その著者の名前は聞いたこともない名前だったが、文章をちらりと見ただけで気付いた。
それは怜ちゃんの文体だった。
冬の終わり、私は瑞穂をお茶に誘った。
私は小説を書くのをやめていた。でも瑞穂との交友関係は続いており、私は彼女の友達として接していた。
ビジネスパートナーとしての関係は無くなったのに、お互い本名を知らないな、とふと思った。だがペンネームで呼び合うのに慣れてしまったので、その後も訂正することは無かった。
「もったいないなあ、怜の小説好きだったのに」
今でもたまにそう言われる。私はその言葉にいつも苦笑いしか返せなかった。
「小説家なんて無理だよ。私、元々ろくに本なんて読まない人だし」
「じゃあさ、もうすぐ大学も卒業だし、怜の夢って何なわけ?」
瑞穂が首を傾げる。
私はくすりと笑うと、冬晴れの空を見上げた。
「私の夢はね……」
春が来たら、私の夢は叶うだろう。
晴れ渡る空に、私は思いを馳せていた。
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