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〝もう、やめにしよう〟
こんな天気の日には思い出す。
冴えない空。今にも泣き出しそうな曇天を、私は一人見上げていた。
誰もいない河辺に取り残されていた。帰る場所など無かった。だけどずっとそこに居続けることもできなくて、私はのろのろと歩き始めた。
あの日の虚無感は、未だ私の中に残り続けている。
そしてずっと探し続けている。たったひとつだけ。
たったひとつの、私の願いは……。
「また掲載されてたね」
窓ガラスの向こうの空をぼんやりと見つめていたので、声を掛けられてどきりとした。
それと同時に、目の前に雑誌が落ちてくる。表紙に著名な文豪の名が並ぶ、それは文芸誌『読』だった。
大手出版社が発行している月間雑誌だ。主にプロの方の小説や書評を掲載しているが、毎月アマチュア向けに短編小説コンテストも開催している。優秀作は巻末に掲載されるので、投稿者には大きなモチベーションとなっていた。
紅茶をテーブルに置きながら、瑞穂がにっと笑う。
私もその顔に笑みを返した。
「わざわざ買わなくてもよかったのに。お金がもったいないよ」
「え、佳作如きじゃ雑誌買う価値も無いって? 私も読みたかったし、イベントでアピールできると思ってせっかく買ってきたのに」
瑞穂はそう言って、コートを脱ぐと正面の席に座った。私は彼女の提案に納得し、財布を取り出す。彼女はいいよ、と慌てて拒否したが、そこはケジメである。雑誌代、千円札をぐいと押し付けた。
彼女は友達である前に、大事なパートナーだった。
「自分の小説が雑誌に載ってるのに、記念に買おうとか思わないの?」
瑞穂が不思議そうな顔をしながら紅茶を飲む。
やはり、普通はそういうものなのか。そう思ったが、正直に答えた。
「別にそういうのは興味無いの」
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