おかえりと君は

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   私の母は、小さなベンチャー企業の社長だった。  非常に多忙なので、ほとんど家にはいない。父とは小さい頃に離婚している。母は仕事にしか興味を持たない人だったので、離婚した父の気持ちも分かるような気がした。  ベッドの上で『読』を開きながら、皿に置かれたソーセージをつまむ。こんなに行儀の悪い食べ方をしても、注意する人など誰もいない。今月号のメインを張る、テレビで聞いたことのある小説家の小説を読もうとしたが数行でリタイアした。私は昔から長文を読むと眠くなるのだ。  来月の短編コンテストの情報を探す。いつもはウェブサイトで確認していたそれを、巻末で見つけた。  小説のお題は『事件』。 「……事件」  私は呟いた。  頭の中にふつふつと文章が湧き上がっていく。私は起き上がると、紙と鉛筆を取り出し夢中でプロットを書き始めた。冷めていくハンバーグの存在を忘れ、何時間も机にかじりついていた。    今度こそ。  今度こそ、私は。  そう何度も心の中で呟いていた。  
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