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「すごいじゃん、入賞の効果だね」
瑞穂が笑う。私も笑顔になった。
でも私にはどうでもいいことだ。
私は人でごった返す会場を見渡すと、空虚な気持ちになりしばらくぼんやりと立ち竦していた。
〝長編を書きたいんだよ〟
帰りの電車に揺られながら、私はその言葉を思い出していた。
こちらに向けられた視線は珍しく力強かった。短編が嫌いなわけじゃないが、将来に向けてやはり長編で勝負したいとの話だった。
……長編。私には無理だ。今、短編だってひねり出してなんとか書いているのだ。それも雑誌に掲載されるレベルに達するまで何年もかかった。
そもそも小説など好きなわけではない。
私は虚ろな気持ちで闇に染まる窓の向こうを見つめた。
ここのところ連日曇予報で、気が滅入る。夜は全てを黒く塗り潰してくれるのでどこか安心した。
マンションに到着し、カードキーを鞄から取り出す。
二十時三十八分。そういえば門限を過ぎていた。それにしてはメールが無かったな、と不思議に思いながらドアを開ける。
玄関に久しぶりに見る母のハイヒールを見つけて、私はうんざりした。
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