おかえりと君は

8/19
前へ
/21ページ
次へ
  「すごいじゃん、入賞の効果だね」  瑞穂が笑う。私も笑顔になった。  でも私にはどうでもいいことだ。  私は人でごった返す会場を見渡すと、空虚な気持ちになりしばらくぼんやりと立ち竦していた。 〝長編を書きたいんだよ〟  帰りの電車に揺られながら、私はその言葉を思い出していた。  こちらに向けられた視線は珍しく力強かった。短編が嫌いなわけじゃないが、将来に向けてやはり長編で勝負したいとの話だった。  ……長編。私には無理だ。今、短編だってひねり出してなんとか書いているのだ。それも雑誌に掲載されるレベルに達するまで何年もかかった。  そもそも小説など好きなわけではない。  私は虚ろな気持ちで闇に染まる窓の向こうを見つめた。  ここのところ連日曇予報で、気が滅入る。夜は全てを黒く塗り潰してくれるのでどこか安心した。  マンションに到着し、カードキーを鞄から取り出す。  二十時三十八分。そういえば門限を過ぎていた。それにしてはメールが無かったな、と不思議に思いながらドアを開ける。  玄関に久しぶりに見る母のハイヒールを見つけて、私はうんざりした。  
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加