第1話

2/10
前へ
/124ページ
次へ
「起きたか」 「んっ……」  薄暗い視界をゆっくりと開いていく。自分の部屋、寝室だ。見慣れた天井にほっとする間も無く、隣から響く声にびくついた。  さっきの男の声だ。甘く落ち着いた声。  慌てて体を起こして後ずさると、自分の部屋まで移動してきたのだとわかる。  しんとした部屋は出て行った時と同じままだった。……隣にこの男がいること以外は。 「ここ……どうして……」 「悪いと思ったが、外にも置いておけないからな。財布を見た。鍵も貸してもらったぞ」 「っ……」  ぐっと後ずさり、へッドボードにまでたどり着く。相手の姿からは「耳」はなく、尻尾もない。黒のカットソーをきた長身の男は……どこからどう見ても、ただの「人」であった。 「そう警戒するな」 「っ、無茶いうな!」 「財布の中身は抜いてないぞ?」 「そういう意味じゃない!」  どこからが現実で、どこからが夢かわからない。  つきんと痛むこめかみを押さえ、操は、う、と口元に手をやった。嘔吐した後のような気持ち悪い味が残っており、思わず眉をひそめた。  記憶の中をたどっていくと、最後にこの男は「『これで』お前は俺の依り代だ」と言った。  依り代なるものが何かはわからないが、だまし討ちのように名乗らされたことは理解した。操は思わず相手の顔を睨みつける。  しかし、相手はその表情に、お?と意外そうな顔を返すのみ。それがまた腹立たしくて、お前なあ!と腹から声が飛び出した。 「お前……俺を騙したな!?俺を名乗らせただろう!?」 「騙したとは人聞きが悪い。自ら名乗ってもらわなくては契約がしにくいだけだ」 「ほら、騙してんじゃねえか!契約ってなんだ!?そんなもん不履行だ不履行!」 「ふむ?そうは言われてもな……」  相手にその自覚はないのだろうか、はてさて、とかわすようにして首をひねった男は、操の右手をひょいと取り上げ、愛しそうに撫でた。じっと見つめてくる瞳は、やはり左右の色が違う。先程よりは少し明るくなった中で見る男は、美しい髪と目をしていた。その熱っぽい視線にあてられて、操は思わず、う、と黙るしかない。
/124ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2590人が本棚に入れています
本棚に追加