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操の家は都内でも古くからの住宅地である。Y手線の主要駅ながら、駅前のタワーマンションから抜け出して五分もすると閑静な住宅街だ。操の母親の一家が近くの地主であったが、駅前の土地を売って、現在はマンションにて暮らしている。
裏の神社は随分と歴史が古いらしい。お祭りの際には賑やかであり、操も幼い頃から祭りには参加していた。大学生を経て社会人となった今でも、囃子の音が聞こえると、神社に寄って出店を楽しむ。日常的に参拝しているわけではないが、家族でいくことも多かったし、学生時代はよく通学の通り抜けの際に手を合わせていた。
しかし、その神社に何が祀られているのかなどは知らなかった。たしかに狐のマークみたいなものを見た記憶があるようなないような……そんな程度の印象だ。
少し考え込んだ操に、おい……と男は焦ったように問いかける。
「まさかお前……ここに長く住んでいるのだろう?俺の神社を知らないわけじゃないだろうな!?」
「いや、わかるけど、狐だったかなと思って……」
「っ、お前は何が祀られているかもしらんのかッ!この通り、立派なお狐様だ!」
ばちあたりめ!と怒った男だったが、こほんと一つ咳払いをすると、まあよい、と操を見下ろした。最初に見た印象では美しく静かな男のように思えたが、どこか子供のように表情が変わる。そんな相手に気がぬけて、操は自分の警戒心が解けていくのを自覚した。
そんな操の様子には気づかず、男はまた落ち着いたトーンで説明をし始めた。
「今、この時間……「此処」は現実世界ではなく、鏡の世界のような……「写し」にいると思ってくれ」
「は……?」
「周りは変わったように見えないだろう?しかし、この世界の中で動けるものは少数だ。俺たちのような神、妖、そして……現実世界から溢れた人の醜い悪意だ」
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