第1話

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 男の説明に、操は首をひねった。  自分の座っている場所はどう見てもいつもの部屋であるし、そして、家も変わった様子はない。しかし、先程の外の様子……なんとも表現しがたい空気を思い出し、ぞわりと背筋に冷たいものが走った。男の話はまだ続いていく。 「昔からあるのだが、月が消えかかる頃から新月にかけて、現実世界の悪意が妖となってうごめく時間がある。勿論、悪意を溜め込んでいる本人たちは気付かない。たまにそういうのとの「狭間」に迷い込んでしまった者たちが見聞きしたりするのが、怪談や超常現象とし世間で言われたりするな。お前のように通常の意識を持ったまま「此処」に来てしまった者だ。まあ、かなり稀ではある」 「は、あ……つまり、現実世界に限りなく似た世界で……普通の人間はこれないところってことか?」 「おお、理解が早いではないか。感心感心」 「バカにしてんだろ」 「いや、していない」  そうは言っているが、相手のニヤニヤとしている口元が気になる。狐顔ということもあろうが、どうもイラっとする表情だ。しかし、今は早く真実が知りたい。 「じゃあ俺はそこに迷い込んだってわけか……」 「正確にいうとお前はそれとは少し違うな。迷い込んだのではない。導かれたのだ」 「?」  操が自分の考えをまとめようとしていると、男がそれを遮った。  そして、ベッドの上に座り、操の口元をそっと撫でる。美しい指先の所作に見とれ、ぼうっとそれを受け入れてしまう。しかし、はっとその手を振り払うと、焦る操に男は笑った。 「俺たち「神」は担当の地域で悪意が大きな妖にならぬよう見張っている。そして、先程のように処分する。ただ、俺の持ち場は範囲が広くてな。それに現代はより都会に人が密集し、なかなか危険の芽を特定できない」 「はあ……神様ってのも大変だな」 「お前、今、バカにしただろう?」 「してないしてない」  お返しのように話すと、男はまったく……と唇を尖らせ、しかし、そのまま話を続けた。 「ただし、Ω性の選ばれた人間だけが、その悪意を寄せることができる。そうして、それをまとめて退治すると効率的ってわけだ」 「……は?」 「強力な掃除機みたいなもんだな。吸引機というか……うーむ。餌?誘引剤?どういう表現がいいのかわからんが。ごくごく稀にそういう者が現れるのだ」 「そんなやつがいるのか」  ふーん、といった操に、男が呆れたように指をさして額を小突く。 「お前が……「それ」だ。馬鹿者」
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