三国志蜀の中原制覇編(220年代

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「記憶が無いと?」  身を乗り出してこちらをまじまじと見詰めて来る。嘘じゃないがどこまでが本当かもわからん。 「ここ暫くですが。それ以前は覚えております、梅県は守りきりましたが、戦争には負けました」  それだけは断言できた。悔しいがそれが事実だ。  問われもしないのに幾つかの戦いを語ってみせる、それしか記憶が無いのだから他に言いようもないわけだが。 「そうか。貴方は変わらない外見だ、かの島には不老薬があると聞いたことがある、それやも知れぬな」  不老不死、大きな命題らしい。寿命が短いのは衛生的な概念が薄いのと技術的な問題だがな。 「はあ?」    こいつは何者なんだろう、俺のことを知っているような口ぶりだ。 「我はかつて全財産の刀銭を銀二枚と交換したことがある」  その場の誰にも全く意味不明のことを宣言した。意味が解らない男たちが言葉を発しようも無い顔になった。 「……阿葛?」  あの坊主の父親か? 似ているようなところがあるにはあるが。 「ようこそ我が同盟者よ! 探しておったのだぞ、あの時の恩を返そうと!」  丞相と呼ばれた男が立ち上がると目の前にまでやって来て膝をつくと手を取る。 「身一つで倒れていて、記憶も無く不憫な思いをしているそうではないか」 「食事を与えられ、廖殿には良くしていただきました」 「うむ。廖主簿、すまぬが君の下には置けぬ、彼は我の大切な友人なのだ」  廖主簿は全く繋がりがわからなかったが、ただただ畏まり頭を下げた。 「我が元へ来ると良い。遠慮は要らぬ、我と君とは友人なのだ」 「はい。そうさせて頂きます」  えらいことになったぞ! だがはっきりした、俺はこいつを助けたらいいんだ。 「あなたの名前は?」 「そうか、そうだな。蜀の丞相諸葛孔明だ。介、君ならば我を亮と呼ぶのを許そう」  避けるべき名を呼ばせる、全幅の信頼を寄せていることを意味した。  この時代、名を口にして良いのは主君、或いは親や兄のみ。他人にそれを許すということは一大事なのだ。  その場の皆が大いに驚愕する。
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